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名古屋高等裁判所金沢支部 平成8年(行コ)7号 判決 1999年2月24日

控訴人・被控訴人(原審原告)(以下「第一審原告」という。)

桂木健次

控訴人(第一審原告共同訴訟参加人)

横田力

外三名

(以下、右五名をまとめて「第一審原告ら」ともいう。)

右五名訴訟代理人弁護士

山本直俊

井口博

水谷敏彦

被控訴人(原審被告)(以下「第一審被告」という。)

富山市長

正橋正一

控訴人・被控訴人(原審被告)(以下「第一審被告」という。)

正橋正一

右両名訴訟代理人弁護士

石川実

東博幸

右両名補助参加人

財団法人日本緑化センター

右代表者理事

田中文雄

右訴訟代理人弁護士

髙田敏明

主文

一  第一審被告正橋正一の控訴に基づき、原判決のうち同被告の敗訴部分を取り消す。

二  第一審原告桂木健次の第一審被告正橋正一に対する請求を棄却する。

三  第一審原告らの本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、参加によって生じた費用を含めて第一・二審とも第一審原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告ら

(控訴の趣旨)

1 原判決を次のとおり変更する。

(一) 第一審被告富山市長が行わせた、富山市の「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業」に関する工事請負契約に基づく工事が、呉羽丘陵に対する財産管理を怠る違法なものであることを確認する。

(二) 第一審原告らの請求に基づき、第一審被告正橋正一は、富山市に対し、金五億三七九四万五四〇〇円及びこれに対する平成五年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

3 1項の(二)につき仮執行宣言

(第一事件被告正橋正一の控訴の趣旨に対する第一審原告の答弁)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は第一審被告正橋正一の負担とする。

二  第一審被告ら

(第一審被告正橋正一の控訴の趣旨)

主文一、二、四項と同旨

(第一審原告らの控訴の趣旨に対する第一審被告らの答弁)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は第一審原告らの負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、富山市の住民である第一審原告らが、市内の呉羽丘陵で富山市により実施された「健康とゆとりの森整備事業」(本件整備事業)について、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、①主位的に、本件整備事業自体が違法であるとして第一審被告富山市長に対して本件整備事業の工事等の差止め及び本件整備事業に基づく工事が呉羽丘陵に対する適正な財産管理を怠る違法なものであることの確認を求めるとともに、富山市に代位して富山市長である第一審被告正橋に対して損害賠償を求め、②予備的に、富山市が本件整備事業に伴い財団法人日本緑化センター(以下「緑化センター」という。)との間の業務委託契約(本件委託契約)及び婦負森林組合との間の請負契約(本件請負契約①⑤)をいずれも随意契約の方法によって締結したこと等が違法であるとして、富山市に代位して富山市長である第一審被告正橋に対して損害賠償を求めて、住民訴訟を提起した事案である。

原審は、第一審原告らの本訴請求について、①主位的請求に係る訴えをすべて不適法として却下し、②予備的請求のうち、第一審原告共同訴訟参加人らの本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求に係る訴えを不適法として却下し、第一審原告の本件委託契約(緑化センターとの契約)締結の違法を理由とする損害賠償請求を金一九九万九二三〇円とこれに対する附帯請求の限度で認容し、その余の第一審原告らの請求を棄却した。

第一審被告正橋は、原判決が第一審原告の本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求を一部認容した点を不服として控訴(平成八年(行コ)第六号事件)し、第一審原告らは、原判決が①主位的請求のうち、本件整備事業の違法を理由とする違法確認請求及び損害賠償請求に係る各訴えを却下した点、②予備的請求のうち、第一審原告共同訴訟参加人らの本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求に係る訴えを不適法として却下した点及び第一審原告の本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求につき金一九九万九二三〇円とこれに対する附帯請求以外のその余の第一審原告らの請求を棄却した点を不服として控訴(平成八年(行コ)第七号事件)した。また、当審において、緑化センターが第一審被告らに補助参加した。

二  当事者に争いのない事実は、原判決「第二 事案の概要」中の「一 争いのない事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  本件の争点及び争点に関する当事者双方の主張は、次に付加するほか原判決「第二 事案の概要」中の「二 本案前の争点」及び「三 本案についての争点」に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(第一審原告らの控訴理由の要旨及び主張の補充)

1 原判決は本件主位的請求のうち、本件整備事業の違法を理由とする違法確認請求及び損害賠償請求に係る各訴えを却下したが、本件整備事業はそれ自体住民訴訟の対象となるべき財務的行為ないし財務的事項であるから右各訴えは適法であり、原判決は誤っている。また、予備的請求のうち、第一審原告共同訴訟参加人らの本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求に係る訴えを不適法として却下した点についても、第一審原告共同訴訟参加人らは適法な監査請求を経た者と解すべきであるから右訴えは適法であり、原判決は誤っている。

2 呉羽丘陵は都市公園に指定されており、その公園内において本件整備事業の一内容として森林空間整備事業を行うことは、地方自治法二四四条の二第一項にいう「公の施設の設置及びその管理に関する事項」に該当し、条例事項である。しかるに、第一審被告市長は、本件整備事業につき条例を定めることなくこれを実施したもので、右地方自治法に反するからこの点においても本件整備事業は違法である。

3 第一審被告富山市長は違法な財産管理(本件整備事業の実施)によって呉羽丘陵の自然を破壊したものであり、これによる富山市の損害額は仮想評価法(CVM法)により控えめに算定しても三億一六二七万五二一一円を下らないし、本件請負工事による植栽木の枯死による損害だけでも二七〇一万〇三二六円、伐採木の無償処分による損害だけでも四六万七五〇〇円を下らない。

4 本件委託契約(緑化センターとの契約)及び本件請負契約(原判決別紙一記載①ないし⑧の請負契約)は、原因行為である本件整備事業の実施決定の違法性を承継するから違法であり、右契約に基づく公金支出も違法である。富山市は右違法な契約締結によっ委託金及び請負代金(平成五年分は除く。)の合計額五億三七八四万五四〇〇円の損害を被った。

5 また、第一審被告富山市長は、環境アセスメントを経ることなく、かつ過去の環境調査報告を顧みることなく本件請負契約を締結し、その請負工事の実施によって呉羽丘陵の自然環境を破壊した。第一審被告富山市長が本件請負工事を行わせたことはその裁量権を逸脱し、受任者としての善管注意義務(民法六四四条)、執行機関としての誠実管理執行義務(地方自治法一三八条の二)に違反する違法なものであり、右契約に基づく公金支出も違法である。富山市は右違法な契約締結によって本件請負代金(平成五年分は除く)の合計額五億一七八六万三四〇〇円の損害を被った。

6 富山市は、婦負森林組合との違法な随意契約(本件請負契約①⑤)の締結により、右随意契約の契約金額(本件請負契約①が六三一三万九〇〇〇円、同⑤が五〇一六万一〇〇〇円。合計一億一三三〇万円)と競争入札の方法によった場合の落札想定価額(右①につき五四四六万三三一〇円。⑤につき四一三三万一八四〇円。合計九五七九万五一五〇円)との差額である合計一七五〇万四八五〇円の損害を被った。

(第一審被告正橋の控訴理由の要旨)

1 富山市が緑化センターとの本件委託契約及び婦負森林組合との本件請負契約①⑤をいずれも随意契約の方法で締結したことは契約担当者に委ねられた裁量の範囲内にあるから、原判決が、右各契約を随意契約の方法で締結したことは契約担当者に委ねられた裁量の範囲を逸脱し違法である旨判示した点は誤りである。

2 原判決は右1の随意契約の方法による契約締結の違法について、市長は民法の一般原則に従い過失責任を負うとして第一審被告正橋の過失責任を肯定したが、市長も地方自治法二四三条の二第一項後段の「職員」として故意又は重過失が認められる場合に限り責任を負うものと解すべきであるし、仮に原判決の理論によっても本件において第一審被告正橋に過失はないから、いずれにしても第一審被告正橋の過失責任を肯定した原判決は誤っている。

(第一審被告ら補助参加人の主張の要旨)

第一審被告ら補助参加人(緑化センター)は本件委託契約を遂行する能力を十分有しており、原判決が、緑化センターは本件委託契約を遂行するに足りる専門的能力を有していなかった旨認定し、富山市が右契約を随意契約の方法で締結したことは契約担当者に委ねられた裁量の範囲を逸脱し違法である旨判示した点は誤りである。

四  証拠関係

本件訴訟記録中の原審及び当審の書証目録・証人等記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  当裁判所の判断

一  本案前の判断

当裁判所も、第一審原告らの主位的請求のうち本件整備事業の違法を理由とする違法確認請求及び損害賠償請求に係る各訴え及び予備的請求のうち第一審原告共同訴訟参加人らの本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求に係る訴えは、いずれも不適法として却下すべきであると判断するが、その理由は、次に付加するほか原判決の「第四 本案前の争点に対する判断」の二項から四項記載のとおりであるから、これを引用する(なお、原判決が第一審原告らの主位的請求中の差止め請求に係る訴えを却下した点は不服の対象とされていない)。

1  原判決八八頁九行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「3 また、第一審原告らは、第一審被告富山市長による本件整備事業の実施が公有財産の適正な管理を怠る違法な財産管理に当たるとし、その違法事由として環境権の侵害、自然環境享有権の侵害、国際法違反、自然環境保全法等違反など種々の主張をし、当審においても地方自治法二四四条の二第一項違反の違法事由を追加するが、結局のところは、右の一連の主張はもっぱら呉羽丘陵の自然環境保護の観点から本件整備事業の違法を問題とするものと解するほかはない。前記(原判示)のとおり地方自治法の住民訴訟制度は、地方公共団体の財務会計の適正を担保することを目的とする制度であることに鑑みると、同法二四二条の二第一項の住民訴訟において問題とされる「違法」はもっぱら地方公共団体の財務会計の適正を図る観点からの「違法」を意味するのであって、裁判所が住民訴訟において右の地方公共団体の財務会計の適正を図る観点以外の観点から違法事由の有無を審理・判断することを法は予定していないというべきである。

したがって、右の見地からしても、もっぱら呉羽丘陵の自然環境保護の観点から本件整備事業の違法を問題として提起されたものと認めちれる第一審原告らの本件違法確認請求に係る訴えは住民訴訟として不適法であり、却下を免れないといわざるを得ない。」

2  原判決九一頁三行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「3 また、前述したとおり、第一審原告らが本件整備事業実施の違法事由として主張するところは、地方公共団体の財務会計の適正を担保することを目的とする住民訴訟において裁判所が審理・判断することを予定していない自然環境保護の観点からの違法事由にほかならないから、その意味においても第一審原告らの本件整備事業実施自体の違法を理由とする本件損害賠償請求(代位請求)に係る訴えは不適法として却下を免れないといわざるを得ない。」

二  第一審原告の本件委託契約の違法を理由とする第一審被告正橋に対する損害賠償請求(代位請求)についての判断

1  まず、第一審原告は、緑化センターとの本件委託契約の締結は、原因行為である本件整備事業の実施決定の違法を承継しているから違法である旨主張するが、第一審原告が本訴において主張する本件整備事業の実施あるいは実施決定の違法事由は、前記のとおり住民訴訟において裁判所が審理・判断することを予定していない自然環境保護の観点からの違法事由にほかならないから、本件委託契約の締結について右の本件整備事業実施決定の違法の承継を主張することは、主張自体失当というべきである。

2  そこで、本件委託契約を富山市が第一審被告ら補助参加人(緑化センター)との間で随意契約の方法で締結した点が違法といえるか否かについて検討する。

(一) 第一審被告正橋は、右の随意契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号にいう「…その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当し、本件委託契約の締結に違法はない旨主張するところ、当該普通地方公共団体が締結する随意契約が右の施行令に定める要件に該当するか否かの判断基準については、原判決の九四頁二行目から九五頁六行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。

(二) 証拠(乙一一の1ないし3、丙一三、一四、一九、原審証人藤永滋、同家城岩松、当審証人大久保昭)及び弁論の全趣旨によれば、(1)富山市(当時の市長は第一審被告正橋)は、本件整備事業の基本計画及び基本設計策定を業務内容とする本件委託契約を締結するにあたり、随意契約の方法で緑化センターと契約する理由として、緑化センターは、「緑化に関する総合調査機関として約二〇年間にわたり、都市緑化、森林地域保全などの調査研究、緑化技術の開発、緑化思想の普及等を手掛けており、特に森林整備に関する計画設計については経験豊富で、卓越した技術を有しており、数多くの実績を上げている」ことを及び緑化センターは「林野庁が強く推薦している」こと挙げ、その旨を記載した起案書により、平成三年八月二七日に右の点についての内部決裁を経た上で、同年九月一〇日に緑化センターとの間で、委託料を一九九八万二〇〇〇円として随意契約の方法で本件委託契約を締結したこと、(2)右契約締結に際して、富山市の担当者は、緑化センターの過去の実施事業や組織状況等が記載された「日本緑化センター事業概要」(乙一一の3)の提出を受けていること、(3)緑化センターは、主に環境緑化を推進するための総合的な研究開発団体として昭和四八年九月に設立された財団法人で、それ以降林野庁の助成を受け、緩衝緑地、教育・文化遺産等の個別目的のモデル緑化パイロット事業、都市周辺林の整備や都市近郊の緑化推進事業、森林利用高度化対策事業等のモデル計画の作成を全国各地で実施してきた実績があり、理事・監事の外に評議員として造園建設業界や緑化木生産業界等の会社などの代表者を擁しており、実働職員は当時約二〇名で、本件委託業務を担当した緑化技術部は部長外五名で構成されていたことが、それぞれ認められる。

(三) そして本件委託契約は富山市内の呉羽丘陵における「健康とゆとりの森整備事業」(本件整備事業)の推進のために締結されたものであり、その委託業務内容は、健康とゆとりの森整備事業の基本計画(本件整備事業基本計画)作成のための調査・計画立案及び基本設計の策定であるところ、右の契約内容からすると競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とまではいえないが、右の委託業務が本件整備事業の基本方針を定める重要なものであり、右事業の根幹に係わるものであることに照らすと、本件整備事業を実施する富山市にとっても、競争入札によって安価な落札者と契約するよりは、林野庁の補助事業でもある「健康とゆとりの森整備事業」の趣旨・目的を理解し、相応の信用、技術(ノウハウ)、実績を有する相手方を選定して、その者との間で個別に契約を締結することが望ましい状況にあったと認めることができる。

そして、右(二)認定の随意契約の方法で緑化センターと契約する理由についての起案書の内容については、特段事実に反する記載はなく、緑化センターから提出された前記の事業概要によっても一応裏付けられていること等に照らすと、富山市の契約担当者において、本件整備事業の基本計画及び基本設計策定を業務内容とする本件委託契約を前記地方自治法施行令にいう「…その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するものと判断して、「健康とゆとりの森整備事業」の推進母体である林野庁の推薦を受けた財団法人でもある緑化センターを前記起案書記載のとおり随意契約をするふさわしい相手方と認めて、本件委託契約の締結に至ったことには十分な理由があるということができる。したがって、富山市の担当契約者が本件委託契約を随意契約の方法により緑化センターとの間で締結したことがその合理的裁量の範囲を逸脱した違法なものであるということはできない。

なお、証拠(甲四三の4、四四の2、丙一九、原審証人田中喜一、当審証人大久保昭)によれば、緑化センターは本件委託契約締結の二日後である平成三年九月一二日に株式会社エキープ・エスパスとの間で委託料を本件委託契約委託料の約九割に相当する一七九八万二七七〇円とし、履行期限を平成四年一月二五日(本件委託契約の履行期限の六日前)とするほかは本件委託契約書(乙二)とほぼ同一の内容の委託契約書(甲四四の2)を作成して、エキープ・エスパスに本件委託業務のうち少なくとも資料収集、現地調査、設計といった実務的作業の大半を再委託し、平成四年三月一〇日には約定の委託料の支払を了していることが認められる。富山市と緑化センターとの間の本件委託契約書の第五条には「乙(緑化センター)は、業務の処理を他に委託し、又は請負わせてはならない。ただし、書面による甲(富山市)の承諾を得たときはこの限りではない。」との条項があり、緑化センターが富山市からエキープ・エスパスとの委託契約締結について書面による承諾を得た形跡はないから、緑化センターがエキープ・エスパスに本件委託契約について再委託したことは本件委託契約の契約条項に違反するものといわざるをえない。しかし、他方で証拠(丙一六、一九、原審証人田中喜一、当審証人大久保昭)によれば、当時緑化センターの緑化技術部の常勤嘱託(元緑化技術部長)であり、本件委託契約の実質的な責任者であった大久保昭が基本構想の策定には直接関与しており、また同人がエキープ・エスパスへの再委託業務の円滑な遂行のために同社の担当者に対して必要な指導・監督を適宜していたことが認められる上、右のエキープ・エスパスへの再委託によって本件委託業務の遂行に支障をきたしたことを窺わせる証拠もない。そうすると、右の緑化センターからエキープ・エスパスへの再委託への事実も、富山市の契約担当者が本件委託契約を随意契約の方法により緑化センターとの間で締結したことがその合理的裁量の範囲を逸脱した違法なものであるということはできないとの前記判断を左右するものではない。また、富山市の契約担当者において緑化センターと他の業者との比較検討をした形跡がないことも、本件の事情のもとでは前記判断を覆すに足りないというべきである。本件全証拠によるも、他に前記判断を左右するに足りる事実は認められない。

3  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件委託契約の違法を理由とする第一審原告の第一審被告正橋に対する損害賠償請求(代位請求)は失当である。

三  第一審原告らの本件請負契約の違法を理由とする第一審被告正橋に対する損害賠償(代位請求)についての判断

1  まず、第一審原告らは、本件請負契約の締結は、原因行為である本件整備事業の実施決定の違法を承継しているから違法である旨主張するが、前記のとおり、第一審原告らが本訴において主張する本件整備事業の実施あるいは実施決定の違法事由は住民訴訟において裁判所が審理・判断することを予定していない自然環境保護の観点からの違法事由にほかならないから、本件請負契約の締結について右の本件整備事業実施決定の違法の承継を主張することは許されず、主張自体失当である。

また、第一審原告らは、第一審被告富山市長が環境アセスメントを経ることなく、かつ過去の環境調査報告を顧みることなしに本件請負契約を締結し、その請負工事の実施によって呉羽丘陵の自然環境を破壊したことを理由として、同被告が本件請負工事を行わせたことはその裁量権を逸脱した違法なものである旨主張するが、右主張も住民訴訟において裁判所が審理・判断することを予定していない自然環境保護の観点からの違法事由を主張するものにほかならないから、同様に主張自体失当である。

2  そこで、本件請負契約①⑤を富山市が婦負森林組合との間で随意契約の方法で締結した点が違法といえるか否かについて検討する。

(一) 第一審被告正橋は、右の随意契約は、本件委託契約と同様に地方自治法施行令一六七条の二第一項二号にいう「…その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当し、本件請負契約①⑤の締結に違法はない旨主張するところ、当該普通地方公共団体が締結する随意契約が右の施行令に定める要件に該当するか否かの判断基準については、原判決の九四頁二行目から九五頁六行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。

(二) 証拠(乙三の1・2、一二の1ないし3、一三の1ないし3、六九、七〇、原審証人藤永滋、同堀井良吉、同家城岩松、同竹原逸男、当審証人北山虎雄)及び弁論の全趣旨によれば、(1)富山市(当時の市長は第一審被告正橋)は、本件請負契約①⑤を締結するにあたり、随意契約の方法で婦負森林組合と契約する理由として、いずれも、「作業内容はほとんどが除間伐であり、森林の形態や利用目的に適した整備を必要としているため、造林事業に精通していなければならない。多数の林業従事作業員を確保でき、安全かつ迅速な作業が可能である。公共事業については経験豊富で、卓越した技術を有しており、数多くの実績を上げている。同組合は昭和五八年に八尾町森林組合を中核として富山市、婦中町、山田村、細入町の五森林組合が合併し設立されたものであり、富山市は同森林組合管内になっている。」こと及び同森林組合は「県農政林務部が強く推薦している」ことを挙げ、その旨を記載した起案書により、本件請負契約①については、平成三年一〇月九日に右の点についての内部決裁を経た上で、同年一〇月二二日に請負代金額を六三一三万九〇〇〇円として、本件請負契約⑤については、平成四年九月一六日に右の点についての内部決裁を経た上で、同年九月二九日請負代金額を五〇一六万一〇〇〇円として、いずれも随意契約の方法で婦負森林組合との間で各契約を締結したこと、(2)右各契約締結に際して、富山市の担当者は、婦負森林組合の設立経過、組合員数、財務、組織状況などの概要が記載された「婦負森林組合の現況」(乙一二、一三の各3)の提出を受けていること、(3)富山県内には当時単位森林組合が一一組合あったが、婦負森林組合は富山市を管内に持つ唯一の森林組合であり、組合員数は約三七六〇名で県下三位、作業班の員数は八〇名弱で県下二位であり、その平均年齢も森林組合としては比較的若かったことが、それぞれ認められている。

(三) 本件請負契約①⑤は富山市内の呉羽丘陵における「健康とゆとりの森整備事業」(本件整備事業)の実施のために締結されたものであり、その請負工事内容は、契約①が富山市古沢外地内の合計53.31ヘクタールの森林空間整備とされ、天然林改良(整理伐・除間伐)、単層林整備(高木等植栽・除間伐)であり、契約⑤が富山市吉作地内の合計63.48ヘクタールの森林空間整備とされ、天然林改良(整理伐・除間伐・林床整備)、単層林整備(高木等植栽・除間伐)であるところ、右の契約内容からすると競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とまではいえないものの、本件整備事業を実施する富山市にとっても、右の広範な範囲の森林空間整備を円滑に遂行するためには、競争入札によって安価な落札者と契約するよりは、呉羽丘陵の地理に明るく、相応の技術力と人員動員力とを備えた相手方を選定して、その者との間に個別に契約を締結することが望ましい状況にあったことは否定できない。

そして、右(二)認定の随意契約の方法で婦負森林組合と契約する理由についての起案書の内容については、特段事実に反する記載はなく、同組合から提出された前記「婦負森林組合の現況」によっても一応裏付けられていること等に照らすと、富山市の契約担当者において、森林空間整備工事を内容とする本件請負契約①⑤を前記地方自治法施行令にいう「…その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するものと判断して、富山市を管内にもつ唯一の森林組合で地元の呉羽丘陵の地理にも明るく、人的規模においても県下有数であり、かつ富山県内の森林組合の実情に通じている県農政林務部からも推薦されていた婦負森林組合を相手方に選定して、随意契約の方法により本件請負契約①⑤を締結したことにはそれなりの合理性が認められるところである。したがって、富山市の契約担当者が右請負契約を婦負森林組合との間で随意契約の方法により締結したことがその合理的裁量の範囲を逸脱した違法なものであるということはできない。

富山市の契約担当者において婦負森林組合と他の業者とを特に比較検討をした形跡がない点も、同組合が富山市を管内に持つ唯一の森林組合であったことからしてもやむを得ない面があったということができるし、同組合が本件請負工事を行うのに必要な粉砕機を所有していなかった点についても、右機械をリースによって借り受けて使用することにより請負工事の遂行に支障をきたしていないのであるから、右契約担当者が婦負森林組合との間で随意契約の方法により本件請負契約①⑤を締結したことにその裁量の範囲を逸脱した違法なものということはできないとの右の判断を左右するものではない。そして、本件全証拠によるも、他に右の判断を左右するに足りる事実は認められない。

3  したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件請負契約の違法を理由とする第一審原告らの第一審被告正橋に対する損害賠償請求(代位請求)は失当である。

四  以上のとおりであるから、第一審原告らの主位的請求のうち本件整備事業の違法を理由とする第一審被告富山市長に対する違法確認請求及び第一審被告正橋に対する損害賠償請求に係る各訴え並びに予備的請求のうち第一審原告共同訴訟参加人らの第一審被告正橋に対する本件委託契約締結の違法を理由とする損害賠償請求に係る訴えは、いずれも不適法として却下すべきであり、第一審原告らの第一審被告正橋に対するその余の予備的請求(損害賠償請求)はいずれも理由がないから棄却すべきである。

第四  結論

したがって、原判決中、第一審原告の第一審被告正橋に対する予備的請求(代位による損害賠償請求)を一部認容した部分は相当でないが、その余は相当である。

よって、第一審被告正橋の控訴に基づき原判決中同被告の敗訴部分を取り消した上、右部分についての第一審原告の第一審被告正橋に対する請求を棄却し、第一審原告らの本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・窪田季夫、裁判官・氣賀澤耕一、裁判官・本多俊雄)

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